すでに亡くなったはずの夫が突然、妻の元に現れ、失踪中お世話になった人を訪ねる旅に出かけようと誘う―。2015年に公開された映画『岸辺の旅』は、生者と死者の境目を越えた夫婦愛の物語。タイトルの岸辺とは、生死の間に存在する“彼岸”の暗示だ。ただし映画では、水と陸の境目、つまり岸辺に置き換えることで、視覚的な効果が狙われている。その一つが東京都の西部、檜原村(ひのはらむら)に流れる「払沢(ほっさわ)の滝」。とりわけ印象的な岸辺として、ロケ地に選ばれている。 |
人生が続いている限り、そのすべては語れない。作家・三島由紀夫が抱えたこのジレンマを、本作では死者に語らせることで解決した。動いている人生の中で記憶を刻み続ける妻と、止まった時間の淵から思い出を紡ごうとする夫。それはまさに、“動”の滝と、“止”の滝つぼの関係といえる。檜原村にある宿泊施設「たから荘」の「蛇の湯温泉」には、かつて傷ついた大蛇がこの地の湯に漬かると、再び動き出したという伝説がある。これもまた、動と止の境目を感じさせる神秘的なエピソードである。 |
そして、晩秋の候に見逃せないのが、山々を染める紅葉。その色合いが最も見事なたそがれ時に、じっくり腰を据えて堪能したい。一説によれば、この「たそがれ」とは、シルエットが暗くて人の判別が付かないときに交わした「誰(た)そ、彼(かれ)」が語源なのだとか。この時期、陽と闇、実と散、秋と冬、さまざまな“境目”が交錯する。 |
さて、死ばかりでなく生にも目を向けてみよう。付近を流れる神戸川(かのとがわ)流域では、バーベキューとともに釣りを楽しめる施設が点在している。「神戸国際ます釣場」は、毎年3月〜11月まで利用可能だ。脂の乗った秋のニジマスは、まさに岸辺の旬。運がよければ、天然もののヤマメやカジカも釣果に加えることができる。都会と地方の“境目”・檜原村。そこからは、計り知れない幽玄の魅力が溢れ出ていた。 |
|
|||||||||
監督:黒沢 清 湯本香樹実の原作を名匠・黒沢清が映画化した作品。カンヌ国際映画祭では「ある視点部門」で日本人初の監督賞を受賞し、国内外からも絶大な支持を得た。死んだ夫と共に、夫が生前お世話になった人を訪ねていく旅に出る妻を演じたのは、深津絵里。夫役を浅野忠信が務め、日本のみならず国際的にも活躍する実力派の2人が、W主演として初共演を果たした。さらに、旅の途中で出会う人々を小松政夫、蒼井優、柄本明など名優が演じ、物語を彩る。 3年間、失踪していた夫・優介(浅野忠信)がある日突然、帰ってきた。だが、優介は「俺、死んだよ」と妻・瑞希(深津絵里)に告げる。戸惑う瑞希に優介は、自分が過ごした時間を巡る旅に出ようと持ち掛ける。そして、優介がこれまでお世話になった人々を訪ねて歩く、夫婦2人の旅が始まった。旅を続けるうちに、瑞希と優介はそれまで知らずにいた秘密にも触れることになる。お互いへの深い愛と、「一緒にいたい」という純粋な気持ちを感じ合う2人。だが、瑞希が優介を見送る時は刻一刻と近付いていた―。 |
||
『岸辺の旅』
・発売日:発売中・発売元:ポニーキャニオン/アミューズ ・販売元:ポニーキャニオン ・価格:¥4,700+税 ©2015『岸辺の旅』製作委員会/COMME DES CINEMAS |