『シチリア屋』。そのストレートな店名には、店主・大下さんの覚悟のようなものが込められているのだと思う。修業時代、島内を自転車で一周しながら出合った現地の風景、人、料理。多民族の豊かな食文化に裏打ちされたシチリアの魅力を肌で感じ、「各地を巡ったことで、それを伝える場として自分の店の名前に付ける踏ん切りが付いたんです」と、穏やかに笑う。だからこの店の神髄を知るにはまず彼が見てきた代表的な郷土料理をコースで味わうのが流儀だろう。それが、「シチリアセット」。

友人のマンマが作ってくれたレモンのサラダ、海沿いの街で頬張った新鮮なウニのブルスケッタ……。決してきらびやかな派手さはない。けれど体感した味を自身の中で再構築した料理の数々は、素材をシンプルに生かした愚直で愛おしい味。背景にその土地の文化や風土を感じさせる直球の旨さが、体の奥にストンと落ちる。シチリアの深い青空色に染まった壁に囲まれ、父親のお手製という温もりある木のテーブルに身を委ね、食べ進む内に現地の暮らしや自然が脳内で鮮やかに映像化されていく。旅する気分で楽しもう。