ここの蕎麦を初めて食べたのはいつだったか。開業してから、割とすぐの頃だったと思う。以来、都内で旨い蕎麦屋を尋ねられれば、真っ先にこの店の名を挙げるようになった。「東十条っていう行きにくい場所にあるんだけどね」と付け加えて。

吉川さんの打つ蕎麦は挽き方、品種、つなぎの量はその日ごと。でも最初からずっと変わらないのが、１産地１蕎麦のポリシーだ。ブレンドはしない。それぞれの蕎麦の実が育まれた畑の土や、そこに吹く風の匂い、日差しの温もりを表現する、それが自身の務めだという。

よく蕎麦は喉で味わえ、なんて言われるけれど、そんなことしちゃもったいない。しっかりと噛み締める度に、１本１本に込められた素朴で力強い甘みと大地を思わせる深い香りが花開き、それが波紋のように広がり増して行く。目を瞑って味わってみてほしい。大げさではなく、確かにどこかの畑の風景が浮かんでくるはずだ。